肺がんステージ3bとの闘い(3)

入院するまでの主人は、片付けたり掃除をしたりと身の回りのことをできるだけ整えていた。あまりにも、片付けすぎるので、帰って来なれなくなるんじゃないかと心配になった。

肺がん入院当日

個室を希望したけど、病室が空いてなくて相部屋に。主人は個室でも相部屋でもどちらでもよかったそうです。入院費用のことを考えていたと思う。「迷惑かけないように。」いつもそう考えるから。こんな時は自分の楽な方でいいのに。

3月10日入院
コロナ禍の入院だったので、面会は全面禁止。医師が認めた場合のみOKという厳しい決まりがありました。洗濯物などは、ナースステーションで看護婦さんを通してのやりとりのみ。しかも、週2日。幸い、主人の病室が窓側で、駐車場から見える場所だったので、手を振ったり姿を見ることができた。

主人を送った帰り、たまらなくなって一人で車の中で泣きました。主人との今までの思い出とか、主人の気持ちを考えたり、いろんな感情が溢れ出てきて止まらなかった。今だけ、泣くのは今だけ。絶対に娘と主人の前では泣かない。そう誓った。きっとそうでもしないと私の心がもたなかった。今でも泣かない。

肺がん入院中の主人の体調の変化

入院して2週間ぐらいはあまり変化はなく、ぶらぶら運動がてらフロアーを歩いたり、階段を上り下りしていた。ただ、あまり眠れていないようだった。抗がん剤の点滴の副作用で腎臓の機能が弱くなるので、OS1を3日ほど飲むことを勧められた。これが大変で、主人の口に合わず、かなりの苦痛だったようです。同室の方みんな嫌がっていたとか・・・。

2週間が過ぎたあたりから、食欲が減り、下痢やだるさ、熱が出てきた。しんどくて電話ができない日もあった。骨髄抑制で白血球が一時的に下がると聞いていたけれど、なかなか上がらず、結局、最後(4回目)の抗がん剤を中止することになった。主人は少しでもがんを攻撃したいからやりたがっていた。

3週間目ごろからだんだん髪の毛が抜けていきた。先生の話では、「かなりキツイお薬なので抜けますよ。全身ごっそりと。」と脅し(?)があったので、「いよいよきたか〜」と覚悟した。でも、結局全部は抜けず、髪の毛はロードオブザリングのゴラムみたいな感じになってしまった。後ろ髪が部分的に残っていたので、洗い方?かな(笑)。とにかく本人には言えないけど、笑えた。娘は無邪気に「パパ、ツルッツルにならなくてよかったね!」と。手足の毛はほとんど抜けたけど、髭は少し残っていて、眉毛はほとんど残っていました。

退院後の検査で、転移してたリンパのガンは全て消えたことがわかった!!やった^^でも、原発は小さくなったけど残ったまま。退院してからの免疫阻害チェックポイント薬が効いてくれることを願うしかありません。先生曰く、「効く」らしいので!!

私と娘の生活

主人が入院中はできるだけ今までと同じ生活を心がけた。幼稚園にも習い事にも行って、普段通りの生活。違ったのは、毎朝、朝ご飯の動画を撮って「おはよう!行ってきます!」とパパに送り、夕方にテレビ電話で1日の報告。春休みになると、よく動画や写真を撮って送った。「自転車が乗れるようになったよ!」と送った時は、「パパが教えたかった〜」とものすごく残念がってた(笑)未だに残念がっている。

娘は本当に頑張って、寂しいのを我慢していた。でも、一度だけ「パパに会いたい」とめずらしくわがままを言ったことがあって、窓からでも会えるかな?と会いに行った。だめなんだけど、主人が駐車場まで降りてきて、2メートルぐらい距離をとって会ってくれた。その帰り、車の中で、いきなり大泣きをした。今まで我慢してたことや不安な気持ちが一気に溢れてしまったんだろうね。小さな身体で本当によく頑張っている。その時は、私も一緒に泣いた。泣かないって誓ったけど、一緒に大泣きをした。ママがすごい泣くので、途中で笑い出した我が娘。まぁ、ママとしては情けないけど、笑ってくれたからいいかな。

娘が年中になりました

4月も主人の入院が続いていたので、進級をいっしょにお祝いできなかった。娘は「仕方ないね」で終わったけど、パパはものすごーーーーく残念がっていた。年長の時は一緒にお祝いしようね!

主人の誕生日

主人の誕生日も4月なので、家族揃ってお祝いができなかった。カラーセロファンで作ったステンドグラスのような大きなバースデーカードを娘と作って持っていったら、窓に飾ってくれた。主人は病院の食事以外は食べれなかったので、ケーキは娘と私でおいしくいただきました^^

不思議な出来事

主人が入院中、一度だけ背筋の凍る怖い体験をしたらしい。

夜、寝ていたら、「何か気配がする。」と。目を開けたら人が静かに横に立っていた。ただ、何も言わず、ぼーっと。あまりの怖さにしばらく声も出せなくて固まってしまったそうです。ジーッとこちらを見てる。震えながら何とかナースコールを。看護婦さんが駆けつけると、その人は同室のおじいちゃんだったらしい。でも、このおじいちゃん、翌朝、自分が歩いていたことも起きたことも記憶になかったらしい。

そして、この日のこの時間、私の祖母(94)が他界しました。老衰です。

我が家では、「おばあちゃんがパパの病気を持っていってくれたんだよ!」と話しています。が、本人はものすごく怖かったと。

CTの造影剤

余談ですが、主人が一番嫌いな検査です。造影剤を点滴するとお漏らしをしたかと思ってしまうらしい。そして、気持ち悪くなり2〜3日寝込みます。湿疹が出ることも。

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